共産主義ってなに?⑧ 悪魔による文化と道徳の破壊

悪魔はすべての国家と分野に自分の代理人を遣わした。多くの無知でお人好しの大衆は彼らを信じ、自らを破滅へと追い込んだ。共産主義は神へ反抗するよう促し、信仰を放棄させる。宗教を外側から攻撃するのと同時に、人々を操って内側からも腐らせる。宗教は政治に利用され、商業や娯楽に変換した。数えきれないほどの堕落した聖職者たちが聖典の解釈を捻じ曲げ、信者たちを迷わせた。部の聖職者にいたっては、不倫や小児性愛にまで手を染めた。
この複雑に乱れた宗教は、信者たちを困惑させ、彼らの希望を奪った。100年前、神への信仰心が篤い人は品格があるとみなされた。今日、宗教の信者と言えば、愚かな迷信家だとけなされる。今では、たとえ信仰心があっても人々は表に出さず、神について話すこともしなくなった。人々から嘲笑されることを恐れているからだ。
共産主義が重要視した目標のひとつは家族の崩壊である。男女平等、「富と婦人の共有」といった概念を推し進めた。20世紀にフェミニズムが盛んになり、性の解放、性区別の取り外し、父権制の廃止、家庭における父親の権威の失墜が現れた。結婚の定義を変え、同性愛の合法化と立法化、離婚と堕胎の権利、母子家庭への手厚い社会保障を推し進めた。この全てが家族の崩壊をエスカレートさせ、その結果として多くの貧困と犯罪が生まれた。これは、ここ数十年に起きた、突出した社会現象の一つである。

~ 悪魔が世界を統治している より~

所長視点)
家庭崩壊に導く著名人たちを敵視するだけでは、文化共産主義は止まらない。背後のサタンを見抜き、勝共を越えて愛共の時代を拓くときがきているように感じます

共産主義ってなに?⑦ 社会主義は共産主義の初期段階

 一方、全体主義ではない、社会主義を信奉する民主国家はどうだろうか。これらの国家はたくさんの法律を制定し、少しずつ市民の自由を奪っていく。まるで、ゆっくりと茹でられるカエルのようである。社会主義の体制を固めていくには、10年、あるいは数世代にわたる過
程が必要だ。その間、市民はその社会主義体制に慣れ、過去を忘れ、それがますますこの欺瞞に満ちた体制を強化する。この形式の緩慢な社会主義化は、暴力的なそれと本質において全く同じである。
社会主義は「平等の権利」を保障し、それを立法化するが、それはつまり道徳を引きずりおろし、市民がより善へ向かう自由を奪うことである。実際、人間は多様である。信仰、道徳の基準、文化的知識、教育水準、知能、精神力、勤勉さ、責任感、積極性、創造力、企業家精神などにおいて、人には本来個性がある。しかし、下層レベルにいる市民を一遍に上へ引き上げ、平等を強いることはできない。そこで、社会主義者は上部にいる人たちを制限し、人工的な「平等」を造るのである。道徳に関して、欧米の社会主義者たちはお決まりの言葉を使う。いわゆる「差別反対」「価値中立性」「ポリティカル・コレクトネス」を用い、基本的な道徳の判断基準を打ち壊す。これはつまり、道徳を破壊することに等しい。必然的に、この状況はさまざまな堕落した道徳の合法化、標準化を生み出した。つまり、反有神論、卑俗なスピーチ、性的倒錯、退廃芸術、ポルノ、ギャンブル、薬物などである。その結果は、神を信じる人や道徳向上を目指す人々に対する逆差別であり、これらの善良な人々が排除されてしまうのである。

~ 悪魔が世界を統治している より ~

所長視点)
社会主義が進んでいると言われている国では「ポリティカル・コレクトネス」という神なき平等という名目で家庭という枠組みが破壊され始めているという話を聞きます。愛の減少感からくる「平等」の主張。これを克服できてこそ、家庭連合が、日本の真のアベルになれるのだと確信します

共産主義ってなに?⑥ 悪魔の抽象的な理解

同書の中で何度も触れている「悪魔」は、超常的な力のことである。悪魔が招いた世界の混乱を理解するには、まず共産主義の邪霊について理解することが必要である。簡単に言うと、共産主義の邪霊は「憎悪」によって構成されている。それは人間の心から発する憎しみからエネルギーを得ている。
悪魔は人類に起きた果てしない闘争の火付け役である。宗教、政治、経済、金融、軍事、教育、学界、芸術、メディア、娯楽、大衆文化、社会現象、国際関係を含むすべてを戦場に変えた。
悪魔の黒いエネルギーはありとあらゆる分野に広がり、グループから社会運動にまで飛び火する。1970年代、西側で反ベトナム戦争の社会運動が衰え始めた頃、悪魔は反抗的な思春期の青年たちを操り、彼らのエネルギーをフェミニズム(女性解放思想)、環境保護、同性愛の保護などに向かわせた。悪魔は西洋の文明を内側から破壊した。
悪魔は良心を欠いた人間を簡単に代理人にできる。代理人は偽善的に人を騙し、良識ある無実の人々を攻撃する。正義感のある人は叩かれ、ただ弁解することしかできない。悪魔の代理人たちは、その与えられた役割に気づいていない人も多いが、エリートから中間層、また下層に至るまで、社会の隅々で活躍している。従って、彼らの活動は、時にボトムアップ(下から上への突き上げ)の革命方式であったり、またはトップダウン(絶対服従)の陰謀だったり、あるいは中間層からの改革だったりもする。
悪魔は形を変え、多数の場所に同時に存在する。悪魔は低次元に存在する生命や霊体を働かせ、彼らの計画を実行させる。ポルノや薬物は、悪魔の便利な道具である。低次元の霊体や生命は人間の負のエネルギーを好み、それを養分とする。人間の負のエネルギーとは、憎しみ、恐怖、絶望、傲慢、反抗、嫉妬、乱倫、怒り、狂乱、怠惰などである。
悪魔は秘密主義であり、また極めてずる賢い。それは人間の貪欲、不正、邪悪な心を利用し、彼らの目的を達成する。もし人間がそれらの心を持ち、悪魔と合致してしまえば、悪魔はその人間をコントロールできるようになる。人間は自分の意思で行動していると思っているが、実際には、その多くが悪魔によって操られているのである。

~ 悪魔が世界を統治している より ~

所長視点)
闘争、分断、利己主義の根底に共産主義、サタンの存在があります。それを見抜けない限り真の平和はきません。

共産主義ってなに?⑤ 共産主義は悪魔のイデオロギー

神は、家族を社会の一単位とし、人類社会の基盤と定めた。共産主義は、家族を私有財産や資本制度の部であるとみなし、それを破壊した。神は、人間に収入を得て生活する権利を授けた。一方、共産主義は私有財産を取り上げ、資産を没収し、税金を引き上げ、資本を独占し、完全に市民の経済活動を支配した。

神は、人類が持つべき道徳、政府、法律、社会、文化を定めた。一方、共産主義は「現存するすべての社会構造を暴力的に転覆する」ことを切望した。

神は、伝統芸術を通じて、自分のイメージを人々に示した。伝統的な芸術は人間に天国世界を想起させ、神への信仰を強め、道徳を高めると同時に徳を養う。一方、共産主義は、人類に現代風の創作物を拝ませる。それはわれわれ人間の中に息づく神性を潰し、替わりに邪悪な衝動を刺激する。下劣で醜く、奇形で、邪悪な、退廃した芸術は、人をカオス(混沌)と無秩序へ向かわせる。

神は、人間が神の創造物であること、また人間は常に謙虚で畏敬の念を持つべきであることを教えた。一方、共産主義は人間の内に潜む悪と傲慢さにつけこみ、神に反逆するよう仕向けた。人間が本来持っている悪の部分を拡大し、共産主義は「自由」の理念を推進した。それは道徳的制限も義務もない、全くの放任した自由だった。「平等」というスローガンを掲げ、人々の間に嫉妬と虚栄心を駆り立てた。なぜなら、人間は名声や物質的利益に弱い生き物だからだ。

~ 悪魔が世界を統治している より ~

所長視点)
いまの社会でも様々な文化活動や思想の中に共産主義が入り込んでいます。自由、平等、平和を掲げながら、人間性を失わせていきます。この見えない敵が悪魔であり、共産主義思想です。それを見抜き、克服するのが勝共思想であり、勝共運動です。いまこそ出番!

NO4 共産主義ってなに?④

悪魔がたくさんの名前を持つように、共産主義もさまざまな方法で姿を現す。悪魔は対立する両方の立場を擁護し、人々を騙す。全体主義と民主主義、計画経済と市場経済、言論の制限と制限のない言論の自由、同性愛への反発と同性愛の合法化、無茶な環境破壊と極端な環境保護、などである。それは暴力的な革命を主張する時もあれば、平和的な変革をめざす時もある。政治的あるいは経済的な制度に現れたり、芸術や文化に現れたりする。ある時は純粋な理想論を掲げ、時に冷血な策謀を取る。共産主義を実施する「全体主義」は、実は悪魔のたった一つの顔に過ぎない。マルクス、レーニン、毛沢東が実践したのは、悪魔が表したほんの一面に過ぎない。
18世紀、楽園社会主義が現れた頃から、世界にはさまざまなイデオロギーが生まれた。科学的社会主義、ファビアン社会主義、サンディカリズム(無政府組合主義)、クリスチャン社会主義、民主社会主義、人道主義、エコ社会主義、厚生社会主義、マルクス・レーニン主義、毛沢東主義。これらのイデオロギーは二つのタイプに分けられる。暴力的な共産主義と非暴力的共産主義である。非暴力的とは、緩慢に浸透し、じわじわと現体制を腐らせていく方法だ。

~ 悪魔が世界を統治している 「多面的な顔を持つ悪魔」 ~

所長視点)
一つの体制や人物が共産主義を代表しているわけではなく、それに騙されてはいけない。民主主義の中に入りこむ共産主義。様々なイデオロギーにも入り込んでいく。主張がどんなに正しくても、結果として分裂を引き起こしていくものの背後には、共産主義という魔物が潜んでいます。

NO3 共産主義ってなに?③

人間は神によって造られ、神の慈悲が人間を守っている。それを百も承知の悪魔は、神と人間の絆を断ち切り、人間を堕落させ、神が人間を見捨てるように仕向けた。悪魔は、まず神が人間に与えた伝統文化を破壊し、人間の道徳を堕落させ、神の済度に値しない歪んだ人間を量産した。

人間の心には、善と悪、神と悪魔の両方が宿っている。従って、人間は道徳の退廃を求めて堕落することもできるし、徳を積んで修練し、高みに上ることもできる。神を信じる人が道徳的な考えと行いを追及すれば、神は彼の正しい念(正念)を護持し、奇跡を顕す。神が人間の道徳向上を助け、最後にはその人間を天国へと迎え入れる。一方、道徳の退廃した者は利己的で、欲望、貪欲、無知、傲慢な人間となる。神はそのような汚い考えと行動を受け入れないため、悪魔はその隙につけいり、ますますその人間の利己心と邪悪な心を増長させる。邪悪がその人間を操り、悪行を重ねさせ、カルマ(悪業)を大量に発生させれば、彼の行先は地獄である。人類社会全体の道徳水準が落ちていくに従って、悪魔はさらにその傾向を加速させ、より多くの悪とカルマが発生し、人類を最終的な壊滅へと導くのだ。

~ 悪魔が世界を統治している 「共産主義のやり方と手段」 ~

所長視点)

結果として神様が働けば「一つになる」。悪魔が働けば「分裂する」。主義主張や現象だけみていては善悪は判断できない。100%善の人もいないし、100%悪の人もいない。どんなどきでも常に善と悪を分立していく必要があります

NO2 共産主義ってなに?②

『共産党宣言』は次の言葉で始まる。「ひとつの邪霊がヨーロッパを徘徊している。共産主義の邪霊が」。この邪霊という言葉は、マルクスの造語ではない。われわれは「前書き」の中で、共産主義を単なるイデオロギーの運動であるとか、政治的教義、あるいは人類社会で新たな手法を試みたものである等と理解すべきではないと指摘した。われわれは、それを悪魔として認識すべきである。それは、憎悪、堕落、あるいは宇宙に存在する低次元の勢力によって生まれた邪霊である。共産主義の邪霊は蛇の形をとり、その後は赤龍へと姿を変え、神を憎む悪魔(サタン)と共にいる。邪霊は低次元にいる生命と悪魔を利用し、人類に壊滅をもたらそうとしている。邪霊が人類を壊滅させようとしているが、神は人類を救い済度しようとしている。そこで悪魔は、人間が神を疑うよう仕向け、人類の道徳を破壊し、伝統を放棄させ、神の教えに背くよう促した。その先にあるのは、人類の
滅亡である。
~ 悪魔が世界を統治している 序章より ~

所長視点)
共産主義の本質は、共産主義国家でも共産主義の思想でもない。その背後にあって神様の理想を妨げ、否定し、背を向けさせ、結果として人類全体を不幸に貶める存在です。それは条件さえあえば、どこの国にも、どこの社会にも、どの組織にも、どの家庭にも、どの個人の心にも忍び寄る存在である。それを見破れなければ、知らず識らずのうちに悪魔の術中にはまってしまいます。
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NO1 共産主義ってなに?①

ソビエトと東欧を支配していた共産主義政権の崩壊は「半世紀にわたって続いた東西冷戦の終わりを告げた。多くの人々は共産主義をすでに消失したものとみなし、過去の遺物になったと楽観的だった。
しかし、実際には、共産主義のイデオロギーは変質した形で世界中に浸透し、着実に根を下ろしていた。共産主義を全面に押し出す中国、北朝鮮、キューバ、そしてベトナムにはまだ存在する。前ソビェトや東欧においては、いまだに共産主義のイデオロギーが多大な影響を与えている。アフリカや南米諸国は、民主や共和というスローガンのもとで社会主義を推進している。ヨーロッパや北アメリカでさえ、市民は全く気づかないうちに共産主義の影響を受けているのだ。
共産主義は、戦争、飢餓、大量虐殺、圧政を生み出す。すでに十分恐ろしいものばかりだが、共産主義者らは、さらにおぞましい方法でそれらを解決しようとする。われわれにはっきりと分かっているのは、共産主義は人類自身に対して戦争を仕掛けており、これまでの歴史に現れたどの社会制度とも異なるということだ。彼らが消滅しようとするものは、人間の価値観や尊厳を含む、人類の全てである。
~ 悪魔が世界を統治している 序章より ~

所長視点)
現在、中国共産党を中心とする少数民族問題や香港の問題、領土侵犯などから、共産主義の恐ろしさが広がりつつあります。それは日本やアメリカなど民主主義の国々にも深々と浸透してきています。共産主義の問題の根本は、政治では解決できないものです。個々が共産主義のやり方と手段を知り、具体的な対処と方向性をもち、勝共理論、統一原理をもってこそ克服していきます。